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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1485号 判決

控訴人 久保田瀞

被控訴人 学校法人中央大学

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二十七年二月九日控訴人に対してなした新制第二経済学部についての一個月の停学処分(掲示して公表した)及び旧制第一法学部についての一個月の停学処分(掲示しない)は、いずれも無効なことを確認する。被控訴人は控訴人に対し金三十万円を支払え。被控訴人は、東京新聞及び中央大学新聞(休暇期間発行の分を除く)のいずれも最後の頁の左下隅に、謝罪公告の文字は二号活字、学校法人中央大学の文字は五号活字、その他の文字は四号活字を使用して、別紙〈省略〉内容の謝罪公告を各一回ずつ掲載せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、「(一)本件停学処分は、その基礎たる事実を欠くから当然無効である。しかるに被控訴大学はこれを争うをもつて、本訴においてその無効なることの確認を求める控訴人は、当初からこれを求めていた者であつて、その訴旨は一審以来変ることなく、原審において停学処分の取消を求めるといつたのは、結局無効確認を求めた趣旨である。(二)本件停学処分並びに履修届の却下行為は控訴人に対する不法行為であるから、これが損害賠償として控訴人の現実被つた金三千円の授業料相当額の損害の支払外、合計金二十九万七千円の慰藉料の支払、並びに謝罪公告を求めるものである。なお不法行為については、被控訴人の機関の故意又は過失を主張する。(三)原判決事実摘示中、原判決五枚目裏七行目より同十一行目までの控訴人の主張一(被控訴人の法律上の答弁に対応するもの)を徹回する。(四)原判決二枚目表七行目から同十一行目までを、「昭和二十七年二月六日新制第二法、経、商学部の第三学年編入者のドイツ語の特別講義の試験の際、控訴人は新潟県人会の卒業祝の帰路、銘酊して十五分遅刻して受験したのである。控訴人は最初からドイツ語の教料書を膝の上においていた。そして、そろつと皆が不正行為をし始めた頃、控訴人も不正行為をしようかと思つて、後をきよろきよろ見ていたところ、柳奥試験監督員に右教科書を発見され、机の下に手を入れられて、取られようとしたが、控訴人が膝を上えあげたため取り上げられなかつたのである。それから十分間経つて控訴人が一生懸命に答案作成のため考えている最中に、右教科書が膝の前方え落ちそうになつていたのを発見した宮司試験監督員が試験終了まで右教科書を保管しておくと言つて、特にこれは不正行為でないから心配するなと言つたのである。しかるに五分経過すると柳奥試験監督員が答案用紙の新しいのと取り換え、学生証を取り上げて、不正行為とし、宮司試験監督員の同意を得て被控訴大学の懲罰委員会に附したのである。」と訂正する。(五)原判決四枚目裏の(三)の項に、「昭和二十七年五月に被控訴大学の当時の懲罰委員長であつた守屋善輝教授が、旧制法学部を卒業する迄は新制第二経済学部第四学年の履修届を提出せずに授業だけ受けていよと言つたので、授業だけ受けておつたのである。そして当時は演習を除いては人数の多いため出席を取らなかつたのであり、かつ取ることが困難であつたのである。」と附加する。(六)原判決六枚目裏五行目から九行目までを、「履修届提出期間が経過しても、被控訴大学は、控訴人に試験を受けさせるため、履修届を受理すべき義務があるのである。」と訂正する。(七)控訴人は旧制第一法学部についても昭和二十七年二月九日附で一個月の停学処分を受けた。控訴人の得たところの破産法六十五点、社会政策七十点、労働法六十五点、政治思想史八十点、国際法七十点、犯罪心理六十点、経済政策七十点の各合格点を遡及的に無効としたこと及び、同年二月十八日松橋教務課長が控訴人を懲罰委員会へ連行した際、委員長守屋教授は双方の処罰であると言つたことからも控訴人が旧制第一法学部についても処罰を受けたことは確かである。(八)履修届不提出の責任は被控訴大学にある。当時の懲罰委員長守屋教授が、旧制法学部を卒業する迄新制第二経済学部第四学年の方は授業を受けておつて履修届は提出するなと言つたのである。しかして控訴人が履修届を提出しなければならぬことを知つたのは七月であるから、履修届届出期間中にこれを提出することができなかつた。事実上、演習を除く外は、学生多数のため出席をとらなかつたのであるから、被控訴大学は控訴人の授業を欠席したことを証明することはできないのである。」と述べ、被控訴代理人は、「原判決摘示の被控訴人(被告)の法律上の答弁を徹回する。」と述べた外、すべて原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

一、事実関係。

成立に争のない乙第七号証の一、二、第九号証の一、二、第十号証の一、二、第十一号証並びに弁論の全趣旨によれば、財団法人中央大学は、さきに(旧制)大学を設置し、ながく大学教育を行つて来たものであるが、昭和二十四年二月二十一日文部大臣から学校教育法による(新制)大学を設置し昭和二十四年四月から開設することを認可され、ついで、昭和二十六年三月五日私立学校法人中央大学への組織変更を認可されたことを認めることができる。

控訴人が昭和二十七年二月六日当時被控訴大学旧制第一法学部(昼間)第三学年、及び被控訴大学新制第二経済学部(夜間)第三学年に在籍する学生であつて、前者は昭和二十七年三月、後者は昭和二十八年三月、卒業予定のものであつたことは、当事者間に争のないところである。

成立に争のない乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証、甲第一号証、原審における証人宮司正明、同柳奥茂の各証言、原告(控訴人)本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和二十七年二月六日午後八時または九時頃施行せられた新制第二経済学部第三学年編入組の天野教員担当ドイツ語試験にあつて、定刻から十数分遅れて試験場に入場し、受験中、当日試験場においては、教科書は風呂敷や鞄又は机の中にしまうことと定められていたにも拘らず、控訴人が膝の上に教科書を出して見ているのを試験監督員宮司正明が発見し、控訴人に注意を与え、教科書をしまわせた上、控訴人をして引きつづき受験させたが、その後宮司監督員が再び控訴人のところに行くと控訴人が再び膝の上に教科書をひろげて見ているのを発見したので、直ちに教科書を取り上げて受験を継続させたこと、その間同じく試験監督員柳奥茂も、控訴人が膝の上に教科書をひろげて見ているのを発見したので、控訴人のところに行つて注意しようとしたところ、控訴人はすばやく教科書をしまつたので、そのまゝ控訴人のそばを通り過ぎたこと、控訴人は、宮司監督員から教科書を取り上げられた後五分位してから、さらにそれまで記入していた答案用紙を取り上げられ、新しい答案用紙を交付されたので、これに再び答案を記入して提出したが、甲第一号証は右答案であること、控訴人は、宮司監督員の申告に基き被控訴大学法学部教授守屋善輝外五名の教授より成る懲罰委員会に附され、審議の結果、昭和二十七年二月九日被控訴大学は、控訴人が新制第二経済学部学生として同月六日施行天野教員担当ドイツ語(編入組)の試験を不正受験したものとして、被控訴大学学則(新制)第八十条(同条は、「学則又は校則に違反し其の他不都合の行為ある者は情状に因つて停学又は退学を命ずる」旨規定する。)により控訴人を停学一個月に処し、控訴人の学籍簿(新制第二経済学部)にその旨を記載し、かつ被控訴大学掲示場に控訴人を新制第二経済学部学生として停学一個月に処する旨掲示したこと、被控訴大学は、控訴人に対する右停学処分により控訴人が旧制法学部学生として同月九日受験した破産法、社会政策、同月十二日受験した労働法、政治思想史、同月十六日受験した国際法犯罪心理、経済政策試験の結果を無効としたこと、よつて控訴人は、旧制法学部を昭和二十七年三月に卒業することができず、停学期間経過後追試験を受けて同年六月二十五日旧制法学部を卒業したこと、を認めることができる。なお、右処分以下の事実は被控訴人においても認めるところであり、また控訴人が追試験受験のため一期分の授業料三千円を被控訴大学に納付したことは、当事者間に争がない。

次に、控訴人が昭和二十七年十一月中新制第二経済学部第四学年の履修届を同学部学務課に提出したところ、その受理を拒絶せられたことは、当事者間に争なく、原審証人福岡清作、同海野徳蔵の各証言、同証言により真正に成立したと認める乙第五、第六号証、成立に争のない乙第七号証の一を綜合すれば、被控訴大学の学則(新制)によればその第十七条に、「科目の単位は週一時間十五週の授業を以て一単位とする」とあり、またその第三十八条には、「毎学年の初に履修科目の届出をなし、授業を受けた科目でなければ試験を受けることは出来ない」と定められ、学生はその学年に初に履修届を提出すべく、履修届を提出した科目につき行われる毎週一時間十五週の授業に出席受講し、その試験に合格した場合単位を与えられること、被控訴大学は、昭和二十七年度履修届提出期間を、同年五月一日に、第四学年学生全部につき同月十三日までと定めて掲示して告知し、ついで、同年六月十二日には、編入者の単位換算、あるいは病気等の理由によつて提出の期を失した者の最終の履修届提出期間を同年六月十六日より同月十八日までと定め、かつ履修届を理由書(学校の保証人連署捺印の上各学部長あてとする)、証明書(医師の診断書、会社等の証明書)を添えて提出するよう掲示して告知したこと、控訴人が履修届を提出したのは昭和二十七年十一月下旬で、既に授業時間の二分の一以上を経、単位付与に必要な受講時間を過ぎた後であり、かつ被控訴大学においてこれを受理すべき特別の事情もなかつたので、控訴人提出の履修届の受理を拒否したことを、それぞれ認めることができる。

本件における事実関係は右のとおりであつて、右認定に牴触する原審における原告(控訴人)の供述は信用することができず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。なお、控訴人は、右のほか控訴人に対する一個月の停学処分は旧制第一法学部に対する関係においてもなされた。と主張するけれども、右認定にかかる停学処分の結果右停学期間中控訴人が旧制の第一法学部学生として受験した課目がすべて無効とされる等、控訴人が旧制第一法学部学生として履修する上において多大の影響を受けたことは格別、これがため二個の停学処分がなされ、または一個の停学処分が両学部に対する関係においてなされると見ることができず、その他控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも旧制第一法学部に対する関係において停学処分がなされた事実を認めることができない。

二、停学処分無効確認の請求について。

控訴人は、被控訴人により控訴人に対してなされた新制第二経済学部について一個月の停学処分(掲示して公表した)及び旧制第一法学部についての一個月の停学処分(掲示しない)はいずれも、その基礎たる事実を欠くから当然無効であると主張する。

しかし控訴人に対してなされた停学処分は、新制第二経済学部学生としてなされたものであつて旧制第一法学部に対する関係においてはこれを認めないことは、一において認定したとおりであるから、旧制第一法学部についての一個月の停学処分(掲示しない)の無効なることの確認を求める控訴人の本訴請求は、その対象をかくをもつて失当として棄却すべきである。

しかして、新制第二経済学部学生としてなされた停学処分の原因たる事実は、さきに認定したとおりであつて、控訴人の右所為は、被控訴大学の学則(新制)第八十条にいわゆる「不都合の行為ある者」に該当するものと認めるのが相当である。仮りに事実関係がすべて控訴人主張のとおりであるとしても、その自認にかかる事実の中には控訴人が当初不正受験をしようという意思をもつていたこと並びに特に教科書を参照することを許可されない試験において、試験中教科書を膝の上におき、少くとも見れば見得る状況においていたことがふくまれているのであつて、かかる意思をもちながらかかる所為に出ることは、いわゆる不正受験行為であると認めるのが相当であつて、かゝる行為が試験本来の目的に背反し、学校教育上誠に不都合な行為であることは、多言を要しないところであつて、この一事をもつてするも控訴人を目して学則第八十条にいわゆる「不都合の行為ある者」と断ずることができる。もつとも甲第一号証並びに前示認定事実によれば、控訴人はついに不正受験の目的を達成し得ず、控訴人の不正行為は試験の答案に何ら影響を及ぼすことのなかつた事実を認めることができるけれどもそれだからといつて控訴人に全然不都合の行為がなかつたものということができないのである。

されば被控訴大学が控訴人に対してなした本件停学処分はその基礎たる事実を缺くものということができず、もしそれ本件停学処分がその基礎たる事実に比し重きにすぎるというならばそは懲戒権者の裁量の範囲を云為し、その裁量権行使の当不当を論ずるものであつて、これをもつて、本件停学処分の無効の理由となすことができないであろう。従つて本件停学処分はこれを無効とすべき理由なく、その無効確認を求める控訴人の本訴請求もまた理由なしとして棄却すべきである。

三、損害賠償等の請求について。

控訴人は被控訴大学のなした停学処分並びに履修届却下の行為をもつて、控訴人に対する不法行為であると主張し、これに基き被控訴人に対し損害の賠償、慰藉料の支払、並びに謝罪公告をなすべきことを求めている。しかしながら事実関係は前段一において認定したとおりであつて、控訴人のいわゆる旧制第一法学部についての停学処分はなかつたのであるから、これが存在を前提とする控訴人の右請求はいずれも理由なく、ここにおいては右認定事実に基いてのみ判断することとする。

控訴人に対してなされた前段認定の懲戒処分が適法になされたものであつてこれを無効とすべきでないことは、二において説明したとおりであるから、これによつて控訴人が精神上の苦痛を受けたとしても、そはもとより控訴人としてはこれを受忍するの外なきものである。なおまた、控訴人に対する懲戒処分は、新制第二経済学部学生としての不正行為によつてなされたものであるけれども、該懲戒処分が被控訴大学の学生としての停学処分である以上、控訴人は、停学期間中被控訴大学の教育施設である営造物による一切の教学上の行動を禁止せられるのであるから、控訴人が旧制第一法学部の学生として授業を受け受験することもまた禁止せられることは、当然である。従つて被控訴大学が、控訴人において停学期間中受験した旧制第一法学部の試験の結果を無効として取り扱つたことは正当であり、為めに控訴人が追試験のため一期分の授業料三千円を被控訴大学に納付するの止むなきにいたつたからといつてこれを被控訴大学の不正行為による損害ということができず、またこれにより控訴人が精神上の苦痛を受けたとしてもこれまた控訴人自らこれを受忍するの外なきものというべきである。

次に、被控訴大学が控訴人の履修届を受理しなかつたことも、前段認定の事実関係に徴し、もとより何らの不法行為を構成しないことは明らかである。控訴人は、履修届不提出の責任は被控訴大学にあるとして守屋教授の勧告を挙げているけれども、この点についての原審における原告(控訴人)本人尋問の結果は信用し難く、他に守屋教授勧告の事実を認めるに足る証拠がないのみならず、仮に右勧告があつたとしても、それは被控訴大学の正式の告示に反するものであつて、それだけで時期におくれた履修届の提出を正当ならしめる事由とはなり難く、被控訴大学が控訴人の提出した履修届を受理しなかつたのは、前段認定の学則に照し、まことに相当であつて、これをもつて控訴人に対する不法行為となすを得ないことは明らかである。

従つて、右停学処分並びに履修届不受理が不法行為なることを前提とする損害賠償、慰藉料並びに謝罪公告の請求は、その争点につき判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。

以上の理由により控訴人の本訴請求はすべて失当として棄却すべく、従つて原判決が本件無効確認の請求についてその訴旨を釈明することなく、その文言に捉われて漫然本件停学処分の取消を求めるものとなし、しかもこれを行政処分または行政処分に準ずべきものとして出訴期間経過後の提起にかかる故をもつて右訴を却下したのは不当であるけれども、本件は控訴人のみの控訴にかかり、被控訴人の独立控訴または附帯控訴もなく、また訴却下の判決は請求棄却の判決に比し上訴した敗訴の当事者にとつて利益なものであるから、上訴審における不利益変更の行われる結果右請求について原判決を取り消して請求棄却の判決をなすことができないので、単に控訴棄却の判決をなすべく、その余の請求については原判決は相当であつて控訴人の控訴は理由がないのでこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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